人生の夏休み紀行 in LONDON 〜もう一つの居場所〜スイーツアーティストKUNIKA vol.2
ロンドンで0から始まる生活を目前に、私はとても悩んでいた。
物価が高い国に2年住むなら、仕事はとても重要だ。
働くならお菓子に関わる仕事がしたいと思い、渡英一ヶ月前に一箇所だけ履歴書を送ってみた。
ロンドンの一等地に店を構え、地元の人たちをはじめ世界中のツーリストからも愛されているカップケーキショップの「Peggy Porschen(ペギーポーション)」。
季節ごとに変わる造花のデコレーションで華やかに飾られたペールピンクの上品な佇まいは、一際存在感を放っている。
他にもカップケーキショップは沢山あるけれど、直感で1番惹かれた場所だった。
とりあえず行動を起こさねば!と思い、履歴書と自身の本を大事に包み、郵送してみる。
結果……いつまでたっても音沙汰はなかった。
ロンドンでの生活が始まり、すぐに語学学校も始まった。
日本ではここ数年フリーランスで働いていたので、起きる時間、働く時間や場所、休みの取り方、出会う人も毎日違う。
全てが自分次第だった。
そんな生活から一転、毎日決まった時間に起き、満員電車に乗り、同じ場所に行き、いつもの人に会い、おまけに早口な英語が常に耳を通り抜ける。
生活のギャップに慣れず、英語ゆえに誰とも十分なコミュニケーションを取ることもできず、最初のイギリス生活はとても楽しいとは言えなかった。
バスに揺られているとき、寝る前、ここで今何してるんだろう、と一人静かに思っていた。
珍しく何も気力がなく、抜け殻だった。
自分で決めたことだから、周りには言えなかったけれど。
そんな半ば透明人間になりかけていたとき、一通のメールが突然届く。
なんと、Peggy Porschenのヘッドシェフからだった。
深い深い海の底から、久しぶりに外の空気を吸った気分だ。
沈んでいた心がふわりと浮いた瞬間。
それまでの数ヶ月はとても長く、重く、死にかけていたが、久しぶりに心踊る希望の光が差したときだった。
紆余曲折を経て、無事にトライアルをパスしPeggy Porschenで働くことに。
あと一ヶ月残っていた語学学校は迷うことなくフェードアウトした。
働き始めて毎日同じサイクルの生活に変わりはなかったけれど、久しぶりにコックコートに袖を通しキッチンでパティシエとして働く日々は、心の底から楽しかった。
自分の好きなことだと、こうも感じ方が違うのかと身をもって実感した。
さすが都会のロンドン、常に10カ国以上の様々な国籍の仲間が働いており、様々な言語が飛び交っていた。
みんないつもご機嫌で、鼻歌なんか歌いながら、毎日がハッピーな職場だった。
英語が話せなくても、お菓子を作る工程や技術は世界共通なのでなんとかなった。
少しずつ時間をかけて、言葉を超えて技術が通じた時の喜びは言葉にできないほど感動した。
ゼロから働き築いていく感覚は、とても心地よく楽しい。
まさかロンドンに来て朝3時半起きの生活が待っているとは思いもしなかった。
夜明け前、まだ真っ暗な街をバスで駆け抜けた日々が懐かしい。
まるで別の人の人生を歩んでいるみたい……と客観的に感じながら、毎日が映画のワンシーンのようにエモーショナルだった。
7ヶ月お世話になり、1ヶ月日本に帰国する時を機に、名残惜しかったけれど退職した。
そこから時は経て半年後、旅人真っ只中の時に、再び運命の歯車がカチャリと音を立てる。
2号店のオープニングスタッフとして、また一緒に働かないかというお誘いを受けた。
ポジションはキッチンではなく、外から窓越しに見えるカウンターでの“シアターペストリーシェフ”というものだった。
Peggy Porschenの一ファンとして、2号店がオープンする時にロンドンにいれることがとても嬉しかったし、そこで働けるなんてこの上なく光栄なことだった。
私にできること全てをこのお店に捧げようと誓った。
晴れて2019年3月に2号店がオープンし、新たな仲間と共に働く日々が始まる。
新店舗は窓から柔らかな光が差し込む開放的な空間で、お客様の反応をダイレクトに見ることができ、とても新鮮だ。
今思い返せば何の芽もなかったロンドンで、こんなふうに働くことになるなんて、来たばかりの半透明な私には想像もできなかった。
いつも暖かく接してくれる大好きな仲間に助けられ、もう一つの居場所を見つけることができた。
最初の一歩を踏み出すのはいつだって怖いし不安だ。
けれど、ほんの少しの勇気が無ければ何も生まれない。
もちろん、すべてが報われるわけではないけれど、種のない場所に花は咲かない。
花が咲けば蜂や蝶との出会いがあり、風に乗ってまた思いがけないところに種が眠る。
言葉が十分に通じ合わなくても、誠意があれば繋がることができると学んだ。
世界は広い。そして優しい。
居場所は一つじゃない。
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