幸せを見つけるきっかけ〜pachico vol.3〜
ある秋の夕暮れを迎える頃、輪切りにしたりんごを濃く煮出した紅茶が入ったティーカップの中にぽとんと落としました。机の上には、大好きな一冊の本。夕飯の支度をする時間になるまでの間、自分だけの時間を楽しもうとしていた時でした。室内はストーブの温もりある空気が漂ってるような、そんな、どこにでもある日常だったのですが、私にはとても美しく感じました。
部屋の隅にあるカメラの収納場所にいそいそと出かけ、その時に装着していた、『XF35mm F1.4』を外し、『XF23mmF1.4 R』に付け替えた瞬間を今でも覚えています。14時を過ぎると傾き出す夕日の柔らかな光が本とカップに降り注いで、それを写真に収められた喜びに胸がいっぱいになりました。こうして私にとって宝物のような、この世でたった一枚の写真が生まれました。
私にとって写真とは、幸せを見つけるきっかけなのだと感じられた出来事でした。忙しい日々を送っていると、日常にある幸せを見逃しているような気がします。「今日も何もできずに一日が過ぎてしまった」と、悔やむ夜を何度過ごしてきたか。私と同じような気持ちになることは、誰にでもあると思います。
そんな時、そばにカメラがあると、美しいと思える瞬間を切り取ることができる。ひと呼吸して自分の今の日常こそが、実は幸せなものだと感じることができたりします。そして、しばらく経った後、撮った写真を振り返って、「この時期は忙しかったな」「アップルティー美味しかったな」なんて、その時の感情と情景を同時に思い出すことができる。やっぱりカメラのある生活は幸せだなと痛感しています。
このコラムを書くにあたり、ここ数年に撮影した写真を見返していました。その中でも、富士フイルムの『X-Pro3』に買い替えをしてからの写真が一番、自然体で色味も好きだなあと感じます。
過ぎ去れば一瞬のひとときを“大切な想い”として残すことができているのは、富士フイルムのカメラを手にしたことのある人が共通して感じているであろう、フィルムのような色味や質感のおかげだと思います。どこか懐かしくて温かみのある写真は、カメラを持つすべての人のいろとりどりの日々を詰め込んだ、宝物のようです。
全3回のコラム連載も今回でラストを迎えます。私自身、コラムを書き上げることに関しては何度かお仕事の経験があるものの、一番身近にあるカメラに対しての思いをまとめることは、今回が初めてだった分、容易ではありませんでした。それでも、移住したことと富士フイルムの『X-Pro3』に出会えて、私のカメラ人生は再スタートを切ったことは事実です。被写体への愛をまっすぐ表現できること、作品のような写真ではなく、私の特別な日常を美しく切り取ってくれること。好きなところを挙げたらキリがないけれど、これからもずっと、このカメラといっしょに、肩肘張らず、私は私らしく、生きていきたいと思っています。