フォトグラファー・嵩の“自分らしい写真”を見つけるまで
カメラが手に馴染むようになってくるころ、おそらく多くの人が考えるのは“自分らしさをどう表現するか”ということではないでしょうか。現在プロとして活躍されているフォトグラファーの方々も、きっと「これだ!」というかたちに出会うまでは紆余曲折があったはず。そこで、IRODORIではXシリーズを愛用しているフォトグラファーの方々の“自分らしい写真”に出会うまでのストーリーやそれを叶える機材・設定などを詳しく綴っていただきます。第10回目はメイクアップフォトやポートレートの撮影を中心に活動を行なっている、フォトグラファーの嵩(@taka_phy_)さんです。
Vol.10:嵩
初めまして。関西を中心に活動をしている、下仲康嵩と申します。名前にある“嵩”という漢字が僕は二眼レフに見えると思っていて普段は“嵩”だけを名乗っています。僕は28歳になるまで“写真”と言う物に全く興味も関心もない人でした。ケータイもカメラを起動する事はほぼなく、カメラ機能はいらないと思っていた程です。
カメラを持つ事になったのは、26歳の時に興した会社で2年後に大失敗し、全て失くしたタイミングで出会ったあるプロダクションの社長さんに、再起のきっかけとしてファッションスナップメディアのディレクターを任せていただき、写真も撮る事になったからでした。
カメラを買うお金もなかったので、事務所にある一眼レフを借りて使い方も分からないまま、町で歩いている若者に朝から晩まで一人で声をかけ、人を撮り始めたのが始まりです。
そこからプロダクションのタレントさんやモデルさん、アイドルユニットの方々を撮影させていただくようになり、その中でインフルエンサーさんやスタジオのオーナーさん、ヘアメイクさんなど、有難くも様々な方とのご縁をいただきポートレートの中でも、女性のメイクアップフォトに特化して現在活動をさせて頂いています。
写真は常に自分自身との闘いだった
写真に全く興味が無い所からのスタートだったので、新しく覚える事、写真を通じてネットワークが広がっていく事など、全てが新鮮で常に楽しんではいました。
僕にとって写真は、自信を喪失しているときに唯一現れたもので、当時は「もう写真しか自分には無い」と思うような状態でもありました。それもあってか、写真と向き合うことは“自分自身”と向き合う事と重なり、常にコンプレックスと闘っているような苦しさがありました。
写真を追求する中で上手く撮れない時の、“なぜそうなのか”、“どうすれば上手くなるのか” という写真への反省が、大袈裟かもしれませんが、当時の僕は”なぜ失敗したのか”や”どうしてこうなってしまったのか”というこれまでの生き方全ての否定や、反省に結びついてしまうような状態でした。
特に、街で声を掛けてスナップを撮らせて頂く時は、撮影後に写真を見せた時の反応が思った以上に分かりやすく、落ち込むこともありました。今ではその場で反省が出来るとても良い場とも思えるのですが、その場その場で反省せざるを得なかった経験は、当時の僕にはかなり重く、苦しいものでした。
その苦しさを早く克服したくて、時間さえあれば何でも撮り、色んな人に会いに行く……ということをひたすら繰り返していました。当時は”自分らしい写真”を考える余裕は無かったと思います。
女性目線の”可愛い”を写真に
そんな日々を写真と繰り返すうちに、撮らせて頂いた方にまたお声を掛けて頂く事が増えていきました。おかげで、自分の内側にだけ向いていた気持ちが「もっとその人達の期待に応えられるようになりたい」という外向きの気持ちに変わっていきました。
そう思った時に、僕が撮らせていただくモデルの方はずっと女性が中心だったので、男性である僕の主観で思う”可愛い”だけしか撮れないままでは、撮らせていただく方の期待に応えられないのではと思い、女性目線の“可愛い”にできる限り近づける視点を持ち、より魅力的に撮れる努力をしていこうと思いました。
周りの女性の意見を聞いていると、“エモさ”や“情緒”といったものより、 “爽やかさ”や“透明感”を”可愛い”と感じる人が多く、僕自身にも分かりやすかったので、まずはそこを目指すべき芯に設定しました。
もちろん自分には無い視点も知らなければいけないので、普段の会話や、撮影現場でのメイク中や休憩中の会話、SNSなどで情報などを少しずつかき集めました。その情報に自分の中にある”可愛い”の定義も組み合わせて、『女性の気持ちがうきうきとするような写真のポイント』を以下のように具体化していきました。
・色:健康的に見える太陽光に近い橙系と透明感の出る青系を組み合わせる
・艶:テカリとは違う事・程よいシャドウとハイライトのバランス
・解像感:ラメやアイシャドウなどメイクの質感は残す
・瑞々しさ:肌・髪などの、人が視覚で“若さ”を感じる要素の一つである“水分量”の表現
・カバー感:凹凸の少ない滑らかな肌
・構図:奥行きや空間を感じる余白を残す
これはほんの一部で、まだ取り入れるべき事も沢山あるとは思いますが、今の撮影スタイルが出来ていきました。
GFX50S IIは自分のスタイルとイメージにドンピシャなカメラ
僕が現在愛用しているのは『GFX50S II』です。レンズは『GF50mmF3.5 R LM WR』をメインで良く使っており、仕事では万能な『GF35-70mmF4.5-5.6 WR』をよく使っています。
『GFX50S II』以外にも、以前にはフィルムシミュレーションの魅力に惹かれて『X-T3』を愛用していました。
『GFX50S II』を使っている理由は、僕の写真の要素やスタイル的に、ラージフォーマットでしか叶えられない解像感と立体感をどうしても取り入れたかったことと、“丁寧に撮影する為のカメラ”というイメージが僕に合っていると思ったからです。そこにX-T3を使う中で体験していたフィルムシミュレーションの魅力も合わさり、僕の中で『GFX50S II』を選ばない理由はありませんでした。
撮影設定は、まず前提としてコントラストをできるだけ低くするように意識をしています。そうすることで、肌の凹凸を軽減でき、肌の色も表現しやすくなるからです。
フィルムシミュレーションはほとんどPRO Neg. Stdを使っています。これに加えてトーンカーブで『ハイライト+0.5〜+1』、『シャドウ-1〜-0.5』の設定にしてコントラストを下げています。コントラストを下げると少し彩度が落ちるので『彩度+1』、細かい部分をはっきり残せるように『シャープネス+1』を加えています。
肌を綺麗に表現するという部分で、GFXシリーズに搭載されている『スムーススキン・エフェクト』も使っています。
RAWで撮影することが多いのですが、Lightroomで現像すると『プロファイル』で各フィルムシミュレーションを反映させた状態で編集を始められるので、富士フイルムの色の魅力を活かした編集をすることができます。高い解像度と画質といった2つの面で最強だと思っています。
”自分らしい写真”に悩んでいる方へ
僕は”自分らしい写真”とは実は誰もが無条件で撮れると思っています。全ての感じ方が全く同じ人間はいなくて、それぞれの感じ方はオリジナルで、似る事はあったとしても必ずそこに”自分らしさ”は宿っているはずなので、自信を失くす必要は無いと思っています。
生み出し方を知らないだけなので、まずは自分自身が良いと思った写真を真似する所から、とにかく沢山写真を撮りましょう。すでにあるものを参考にする事が、新たに生み出すための一番の練習になると思っています。
次に、必ず撮った写真をSNSにあげるでも、写真展に出展するでも、身近な友人やお客さんに見てもらうでも良いので、とにかく人に見てもらう機会を作りましょう。フィードバックを貰える場だと一番良いです。そこには自分と同じ感じ方があるかもしれないし、全く違う視点があって、新しい感じ方を得られるかもしれません。
自分と人からのフィードバックを雪だるまを大きくしていくイメージで膨らませ、自分の引き出しを増やしていった積み重ねの先で、”自分らしい写真”が撮れるのかなと思います。