ファインダー越しの景色を着替える、ACROS散歩〜片渕ゆり(ぽんず)vol.2〜
こんにちは。片渕ゆり(@yuriponzuu)と申します。ふだんは“ぽんず”とも呼ばれています。
デジタルカメラでも、“フィルムを選んで撮る”感覚のように色調や諧調をコントロールできる機能が、Xシリーズのフィルムシミュレーション。この奥が深いフィルムシミュレーションの魅力をさぐるコラム、第2回は、白黒のACROSにチャレンジしてみました。
このACROSというフィルムシミュレーションは、超微粒子で知られる白黒フィルムのACROSをシミュレートしたもの。もとになったフィルムが超微粒子なだけあって、引き締まった黒と質感の再現が特徴なのだとか。
たまにレタッチでモノクロ仕上げにすることはあっても、最初からモノクロで撮るのは初めてのチャレンジです。楽しみだけど、少し緊張。さて、どんな景色と出会えるでしょう……?
ACROSに設定して初めてファインダーを覗いた瞬間に驚いたこと。それは、「青空がきれい!」でした。
色彩がないのに、空がきれい。
地表から上空へ。白から黒へ。澄んだグレーのグラデーションが、白黒だからこそダイレクトに伝わってきます。シャッターを切るのも忘れてつい覗き込んでしまうほど。
グレーって、こんなにきれいだったんだ。白と黒に変換された青空を見て、思わずため息が出ます。“グレーゾーン”とか“グレー判定”とか、グレーって悪者にされがちな色だけど、ほんとはこんなに豊かな色なんだ。
積もった雪のやわらかな質感も、お手の物。やさしい影の色も、日にあたってキラッと光る粒も、目で見た以上に伝わってくる気がします。
見慣れたカップも、ACROSで撮るとドラマが生まれそうな仕上がりに。ふだんは明るめのトーンで撮影することが多いのですが、想像の広がる白黒の世界だと、暗めに撮って雰囲気を出すのも楽しい。
ふだん“色”に向けている注意を“光”と“形”に集中させることができるので、いつもは気づかないようなものに目が行くのも発見でした。
ところで、この原稿を書いている今、お仕事の都合でしばらく北海道に住んでいます。当たり前のように氷点下の気温が続く中、厚着をして夜のお散歩にも出掛けてみました。
“マイナス5度“の表示を見て一瞬ひるみましたが、いざお散歩へ。実際に外へ出てみると、意外とそんなに「寒い!」という感じではありませんでした。
夜に撮影してみて、気づいたこと。それは、雪があると、夜の光がとてもきれいだということ。
真っ白な雪が街灯や自動販売機の光を反射するので、夜でも景色がふわっと明るいんです。
夜の氷柱(つらら)には、シャープな美しさがあります。
ただの自動販売機も、白黒の世界だと、奇妙な物語が始まりそうな雰囲気に。見る側が自由に想像力を働かせられるのも、白黒の良さだと思います。
そういえば、映画『パラサイト』もカラー版と白黒版で全然印象が違いました。カラー版だとコミカルで笑えるシーンが、白黒版だと不気味でゾッとしたり、ただの雨水が血に見えてドキッとしたり……。
こちらもただの階段なのですが、夜の中に浮かび上がる感じが、宇宙ステーションみたいでかっこいいなと思ってしまいました。内側からこぼれる光と、すこし曇ったガラスの質感が気に入っています。
多くの解釈が生まれる物語は、優れた物語である。かつてそんなことを教わったことがあります。
ある物語に対して、「私のための物語だ」と思う読者もいれば「現代社会への風刺だ」と思う読者もいる。そんな余白のある物語は、後世に受け継がれていくのだと。
自分の写真に対して大仰なことは言えないけれど、ACROSを通して見る景色は、そんな“余白”との向き合い方も考えさせてくれました。
白と黒で作る世界には、色彩がないと思っていました。でも実際に撮ってみたらむしろ逆で、白も黒もグレーも表情豊かでした。
「世界が灰色に見える」って言葉も、普通は絶望を表すフレーズだけど、ACROSの前では褒め言葉になってしまうな。色のない、美しい世界。姿を変えた日常、ACROSで覗いてみませんか?