「織りなす詩を綴る日々」by 武居詩織 vol.3〜静かに溢れゆくもの〜
人生で初めてひと月に6回も空を飛び、
動き出した物語を止めないように
積極的に駆け抜けていった日々だった。
カメラがそばにあるだけで、こんなにも日常が変わっていくとは思ってもみなかった。
気がつけばその小さな黒い不思議な塊に吸い寄せられて、もはや動かされているのかもしれないとまで思うようになった。
元々そこまで外に出ていくタイプでもなければ、割と決まった世界で生活していたはずなのに、こんなに様々な景色を見て心を動かされることになるとは。
全くもってカメラのおかげだ。
直前まで焦らされてハラハラさせられる。
一筋縄ではいかないこともたくさん起きるけれど、
それもまた旅の醍醐味だ。
乗り越えて学んでいく。
不確かなものにかけられる強さと勢いを少しずつ手に入れていく。
雲の上を飛ぶだけで夢のようで、
年甲斐もなくずっと窓から眺めているのが好きだ。
初めて乗った飛行機は、家族旅行で北に向かうもので、中学生の時だった。
「大変!飛行機に乗るのにパスポート持ってない!」と言って両親に笑われた記憶がある。
旅はそれこそひとつの作品のようなものになると思う。
自分がさらに物語の中にいる感覚になる。
想像もしなかった夢のような出来事。
たくさんのものに触れて、
自然と体が動き、心から溢れるものがあった。
感動する為に生きているといっても過言ではないだろう。
その経験は他の何にも代え難い。
心を駆り立てるものに人はどうしても惹かれてしまうのだ。
興奮してついたくさんシャッターを切ってしまって、
なんだか写真を撮るということが板についてきた気がして少し嬉しくなった。
気兼ねなく納得がいくまでずっと写真を撮っていた。
静かな空間に響くシャッター音はとても心地がよかった。
雨は雑音を遮り、闇は静かにベールを下ろす。
泥濘む世界に滲む人々
体全体を透明にする様な音に包まれて
恍惚と白い夜に溶けてゆく。
ゆるやかな微睡みが続くような心地よい時間。
ロマンスブルーの爪
不安定な空
静かに揺られる海沿いの線路
見渡せる視界と田園風景
心の何処かにある原風景を辿る様な、
何かを探すための旅。
再びの対照的な色味は
脈々と流れる血潮のように少し濁って
蛍光灯の薄明かりに照らされていた。
どこまでいっても曖昧な空に
まだ早いと言われているようだった。
いつかまた訪れる時には
綺麗な景色が見れるといい。
今までだったらこんなに何回も動き回ることは絶対にしていなかっただろう。
仕事も遊びもとにかく必死に生きた。
何もしていない時間なんてほぼなかったかもしれない。
ひとつひとつをカメラに収め、こうして見返してみると、また感じるものがある。
旅を終えて帰ってきたら、心の中でもう一度旅に出る。
楽しむだけでなく、きちんと染み込ませたいのだ。
お気に入りの映画や本を何回も見たくなるように。
実際に旅に出ていない日常でも、心はいつでも旅に出ることができる。
ひとつの出来事の海に潜っていくように。
人生そのものが旅とはよくいったものだ。
「X-E3」を連れて出かけるだけで、かけがえのない瞬間をひとつの絵として残すことができる。
思い出がさらに愛おしくなる。
移ろいゆく日々に何を想うのか。
情熱の季節を超えて残るものは何なのか。
冷たい空気を頬で感じて
火照りも静まり
現実が姿を見せ始める。
どことなく寂しさや切なさの気配が濃くなって、
つい飲み込まれてしまいそうになる。
でも、直前まで全便欠航の台風の中でも、飛行機は飛んだりもする。
旅は時に奇跡的だ。何が起こるかわからない。
信じるということが一番大変だ。
現実的な問題や悲観的な事実を目の当たりにすると、
信じるということはとても難しい。
ただその分、それでも信じられる人の力は強い。
かけがえのない思い出を胸に
ひとつひとつを織って少しずつ進んでいく。
収束なのか
終息なのか
いずれにせよ夏は過ぎてゆくのだ。