『ベルリン、そして、ヨーロッパの片隅から』〜イタリア・ジェノヴァ篇〜 コラムニスト・宮沢香奈 vol.2
ピンクと紫が重なり合い、混ざり合い、深くなってゆく空、その中にぼんやり浮かび上がる、朽ちてゆくイタリア建築の儚さ。
その圧倒的な美の前で、立ち竦むことしか出来ず、自分が消えてなくなってゆくのを感じた。自然と歴史がもたらす壮大なパノラマの前で人間はこれほどまでにちっぽけなのだ。“あの世”とはこんな世界なのだろうか?これまで考えたこともない発想が浮かんだ。それほどまでにこの街の美しさは次元を超えている。
突風が吹き荒れ、トレンチコートではすでに寒いベルリンから逃げ出すように向かった先は、半袖一枚でも汗ばむ奇跡的な夏日のベルガモ。そこからまた数時間移動し、その日の最終目的地ジェノヴァへ。少しだけ冷たい海風を感じるこの街は、イタリア最大の港町として長い歴史を持ち、中世と現代が一体化した様々な表情を持つ場所。コロンブスが生まれ育った街としても有名であるけれど、私は“ミラノから近い港町” たったそれだけの理由でこの地を選んだ。そして、初めてのイタリアの旅が始まった。
いつからだろうか。航空券と宿泊先以外はろくに調べずに“行き当たりばったり”の旅に出ることが多くなった。仕事も兼ねて少なくとも年に3~4回はどこかへ行っているため旅慣れしていることは事実なのだけど、自分に放浪癖があるとは知らなかった。24時間何かしら交通機関が動いており、50ユーロ以下で近隣諸国へ飛べてしまうベルリン、そんな環境に住んでいるせいだろう。タクシーに乗るよりも格安のLCC便に乗る回数の方が多くなった。”放浪癖”と書きながら10代、20代でバックパッカーの経験は一度もない。やっておけば良かったことの一つ。こうやって少しずつ人生の中で出来なかったことへの後悔に気付きながら年を取っていくのかもしれない。
生まれ育った地元を離れ、東京で長年暮らし、今は遥か遠く離れたドイツの首都ベルリンに住んでいる。それでもまだ足りず、部屋の隅で空になったトランクケースを見つめながら、“次はどこへ行こうか?” と気付けばそればかり考え、暇さえあればインターネットでチケットを検索している。大きなバックパック一つに必需品と夢を詰め込んで、1泊数千円のドミトリーでいろんな国からやってきた旅仲間と出会う。映画や小説の中にあるようなステキな出会いはきっと滅多にないだろうけれど、男女関係なく世界のどこかに住む全く知らない人と出会うことはそれだけでも運命の出会いなのだ。
そんな情景を思い浮かべながら、遅咲きの旅人は気分だけのバックパッカーを楽しんでいる。
旅の荷物も随分コンパクトにまとめられるようになった。どうしても必要になったものがあれば現地で買えばいいと言う考えがパッキングを気軽にさせてくれる。着替えと使い切りサイズのシャンプーや化粧品、そして、旅の友『XF10』。今回はジェノヴァの昔と今を切り取ってゆく。
滞在先は街が一望出来る高台のアパートメントホテル。起きて何をするよりも先にエスプレッソが飲めないとその日1日が始められない習慣になってしまい、それは旅先でも同じ。だから、2泊以上する場合は部屋の広さより、ロケーションより、キッチンがあることを重要視している。その地に住んでいるようなローカル気分を味わえるのもアパートメントの醍醐味の一つで、そういったところも気に入っている。
iPhoneのGoogleマップで検索すればどこにだって簡単に行くことが出来る便利な世の中に感謝しながら、現地の人たちに混じって、急な坂道をぐるぐると回って行き来するバスに乗る。窓からはチーズ、パン、精肉、ワイン、チョコレート、デリ、花といった個人経営の小さな店舗が立ち並んでいるのが見える。そこを一軒一軒回りながら家路につくであろうオシャレなイタリアンマダムや年配の男性に釘付けになった。そう、ジェノヴァの人々は何でも一気に揃う総合スーパーではなく、こういった専門店で日々の買い物をするのが習慣なのだ。
ジェノヴァの人たちの時間は私の時間よりもゆっくり、優雅に進んでいる。そう感じた。地元で採れた新鮮な食材たちはその地で暮らす人々の心を豊かにし、恵まれた気候とともに笑顔を作ってゆくのだろう。“生き急ぐ必要はない。もっと肩の力を抜いて、ゆっくり深呼吸して、空を見上げて。”この街からそんなことを言われているような気がした。
バスで坂を下りきって向かった先は、2006年に世界遺産に登録されたガリバルディ通り。ヨーロッパの中世の街並みはもういい加減見飽きていると思っていたのに、ここは歩けば歩くほど魅力に溢れ、導かれるままに歩いた。
迷い込んでようやく辿り着いたサン・ロレンツォ大聖堂は現代アートのモダンさが入り混じる見事な建築だった。12世紀のロマネスク様式を用いた建築でありながらで、白と黒の縞模様のファザードで覆われたこれほどミニマルな大聖堂なんてきっと他には存在しないだろう。
魅了されたまま足取り軽く中心地から少し離れた港町ボッカダッセへ。季節外れの海辺には地元の人と少しの観光客、海風を浴びて少し錆びれたカラフルな家々、メルヘンな絵本の中の世界観なのに叙情的で哀愁的でたまらない。地平線を見ながらカプチーノをゆっくり飲み、“何もしない”贅沢な時間を過ごした。
“富は人を豊かにはしない。それは人をより忙しくするだけだ” by クリストファー・コロンブス
そうだ。彼は探検家だった。ジェノヴァというこの地に来たのも何かに導かれたのかもしれない。住みたいとまで思う地にはなかなか出会わない。だからきっとまたここには戻ってくるだろう。そう思いながら次の目的地ミラノへと向かった。まだまだ旅は続いてゆく。
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