フォトジェニックな旅に出よう~尾道篇~ 写真家・こばやしかをるvol.2
思い立って行く旅はいい。
朝焼けが迎える羽田空港から早朝の便に乗り、向かうは初めて訪れる広島県・尾道市。
私にとっては山陽地方への初訪問。
尾道は日本で初めて日本遺産に認定された町であり、「映画の町」「猫の町」「海と坂の町」などして有名で、小津安二郎監督、大林宣彦監督の作品をはじめ数々の映画やドラマ、小説の舞台となっている。
10代の頃に観た映画の主人公が思い起こされるが、ストーリーの記憶を失っていたことに気が付く。
新たな気持ちで訪れるのもまた楽しみだ。
上空に出ると厚い雲の上に富士山の頂が見事に顔を出し、眩しく輝いていた。
美しい姿を見られるとラッキー!と思ってしまうのは私だけではないはず。
ただ、地上の天気はあいにくの曇り予報。
それでもXシリーズのカメラには「フィルムシミュレーション」と「アドバンストフィルター」がある。状況に応じて旅を楽しくしてくれることを信じている。
広島空港では尾道駅まで直通バスに乗ることにしていたが、この日運航が最後となるバスと知った。“二度目がない”というのも何かの巡り合わせなのか。
1時間ほどで尾道駅に到着。
観光地と呼ばれる場所にはいくつかルートの推奨があるが、私は迷わず街を歩くと決めている。普段と変わらない生活感のある場所を選ぶ。
尾道駅からほど近い商店街を歩く。
商店街は街の雰囲気やそこで暮らす人々の生活を知るのにピッタリな場所だ。
今回の旅のお供は「X-E3」。ショルダーバッグにすっぽりと収まる小ささが、生活を営む人々との距離感にも違和感なく馴染む街を歩くにはふさわしいカメラだ。
通りの左手すぐに、“まさに尾道”と言わんばかりの風情ある小路が表れた。
通過する短い車両の電車はあっという間に姿を消す。そんな光景が微笑ましい。
レトロな商店街には、リノベーションされオシャレに建て替わったお店がたくさん存在していて、女の子たちは興味津々。小路を入ればオシャレなカフェも至るところに存在する。
まだ旅も序盤だというのに、私も行列のできるパン店にて翌朝の朝食を調達してしまった。
日曜市場にも出くわした。地産品、地元のお店が活気を見せている様子からこの町の人々の在り方を垣間見る。
農園直送 瀬戸内レモンの黄色がかわいい。
珈琲豆を焙煎しているお店では一休み。
美味しいものが多すぎて、あちらへこちらへ引き込まれ、前に進まない(進めない)のも旅の面白さ。寄り道しながら人とふれあい日常を味わうのが醍醐味。
シャッターを切りながら歩いていると、気付かぬうちに小路を何本も渡り歩いていた。商店街をしばらく進むと、人気も少なくなり昭和チックな雰囲気が漂い始めてくる。
路地を一歩入れば尾道で暮らす人々の生活が垣間見える。作り込まれていないそのままが映画の世界のようだ。
夜、明かりが灯る時間にも歩きたい。と思わせる本物の映画のセットのような小路。
迷いながら散策するのが尾道の楽しみ方だろう。
古いものと現代のものが違和感もなく融合しているところが尾道の魅力なのだ。
板塀や石畳は光に照らされて雰囲気を増す。
猫たちだってなれたものだ。ちょっとやそっとじゃこちらを向いてくれない。
観光と、映画文化と、日常の融合が古くから根付いているからか、生活の中に違和感なく馴染んでいる。現実の中に生きている世界観が尾道の姿なのだと肌身で感じることができた。
街の人たちも気さくで、また程よい距離感をもってフレンドリーに接してくれる。
日頃のせわしない日常から緩やかに解放される気持ちはこんなところにあるんだろう。
意識せずに心をほぐしてくれる街に感服してしまった。
そして海辺へ。
いつも見ている太平洋や日本海の荒々しい波との違いに拍子抜けする自分がいた。
なんだか湖みたいに穏やかで静かな海。
尾道に限らず、船は瀬戸内海の生活に欠かせない。みんなの足となり、造船、漁業にいたっては生活の地盤でもある。
自分の生活では想像もつかないことがここにはあるのだと思いながら「この場所で生まれ育ったらどんな生き方をしたのだろうか。」と、一瞬考えてみるけれどわからないものだ。
つかの間の青空に突き抜けるシンボルかのようなクレーンを見上げながら、この場所に来たことでもう一人の“いつもの自分”が見えた。
さて、日が沈む時間を気にかけながらいよいよ千光寺展望台へ急ぎ足で。
千光寺までもう少しのところで築100年の古民家を再生したゲストハウスに出会う。街に溶け込む景観に思わず足を止めてしまう。
カフェは珈琲の香りが似合うシックでクラシカルな色使い。こんな場所でゆったりと過ごしたいな。なんて思いつつも、急がないと日没が迫ってくるのである。
息を切らせながら坂を登り切った千光寺公園で迎えてくれたのは、恋人たちの証。
真新しいカギに初々しさを感じてしまった。
そして何より、展望台からは箱庭的都市の魅力が眼前に広がり、尾道水道と市街地の景観に感動。しかし、この絶好のタイミングにロープウェイの最終運行時間が迫っているのだ。
「ああ、もう少しだけ空が焼けてくれないかな。」なんて、贅沢なことを口にしてしまうのは、旅をしているからだ。
そしてこの景色を見せたい人がいるからに違いない。
様々な空の様子を思い浮かべながら急こう配を下るロープウェイの中で「また来たい。また来よう。」とリフレインしていた。
今度は夜の小路にも足を忍ばせながら、まだ見ぬ時間の街の姿を知りたい。
そう思わせてくれた尾道という街にわたしは間違いなく魅了されてしまったのだ。