『ベルリン、そして、ヨーロッパの片隅から』-コラムニスト・宮沢香奈 vol.1
夏を残しながらようやくやってきた秋は、待ち遠しかった気持ちなど無視するかのように、足早に冬へと変わろうとしている。秋は、遮るもののない広い空と街を黄葉が染める一年で最も美しい季節、私の大好きな季節、そして、この街へ移住しようと決めた季節。
ドイツの首都でありながら高層ビルが少なく、どことなく田舎臭い、ドイツよりトルコを感じるエリアが多数ある不思議な街ベルリン。一見“富”や“洗練”といった言葉とは無縁に思えるこの街は、そんなことはどうでも良いと言わんばかりに、世界中のクラブ好きが崇拝し、喉から手が出るほど知りたいと願う真のアンダーグラウンドカルチャーが根を張っている。
そんなベルリンに住んで早くも4年が過ぎた。4年経った今でも私はこの街に魅了され続けている。そんな自分にも驚くけれど、猛暑にうなされた今年の夏に引っ越したばかりのクロイツベルク地区という最もベルリンらしいエリアの一つで新しい生活を始めながら、日々の発見と面白さを改めて実感している。
徒歩10分のところには、東西に分断されていた冷戦時代の国境検問所跡地『チェックポイント・チャーリー』が位置し、映画に見るような重く暗い歴史など全く感じさせないほど毎日観光客で賑わっている。街の至るところに壁の残骸を残しながら、クラブカルチャー、スタートアップ、現代アートが発展し、多種多様な人種は増加の一途を辿っている。クロイツベルクに根付いた実態のよく分からない“ヒップスター”が我が物顔で歩く横で、激減するスクワット(=廃墟を占拠した住処)で自らのアイデンティティーを掲げ続けるアナーキストたちが生活している。
こんなカオスな共存は他の街にあり得るのだろうか?天気と同様にこの街の人々も好き勝手気ままに生きているように思える。
それでも、ここに長年住む友人たちは口々に「ベルリンは変わった」と言う。確かに、私が初めてこの地に降り立った6年前とは明らかに変化し、住みだしてからはジェントリフィケーション(都市開発による都会化)による家賃の高騰、不必要にさえ感じてしまう近未来的ビルの建設、それと引き換えに取り壊されてゆく廃墟や老朽化した建物たちを目の当たりにしてきた。
住みやすくなっていくことを実感しながらもこれ以上姿を変えないで欲しいと身勝手な考えを持ちながら、“今”のベルリンを記録するために『XF10』を手に街に出た。車に乗らない私には、どこに持っていくにも最適なコンパクトサイズでどこでも気軽に取り出して撮影出来るカメラは嬉しい。
水平線のようにどこまでも続く平地と広々した道を自転車で駆け抜けながら、いつもと違った道を歩きながら、空を見上げながらシャッターを切ってゆく。目に見えるそのままの色が写し出される写真は、その場にいなくともリアルな世界を伝えてくれるはず。
私がこの街を好きな理由を一つあげるとしたら、使用しなくなった古い施設を改装して、全く違う用途のために生まれ変わらせる技術とセンスとアイデアが秀逸なこと。築100年を超えるアルトバウ(Altbau=古いビルディング)が多数を占めており、ベルリンのダークでミステリアスな雰囲気を演出している。壁一面に描かれたグラフィティ・アートもこの街を象徴するアイコンのようなもの。
最寄駅のHallesches Tor(ハレシェス・トーア)からすぐに位置するHallesches Haus(ハレシェス・ハウス)も見事な生まれ変わりを見せている。1902年に建てられた郵便局の跡地を改装してカフェ・レストランとセレクトショップとなった同店は、天井が高く、開放的で居心地抜群の空間にはNuts and Woodsのテーブル&チェアがセンス良く並び、ラップトップ持参のフリーランサー、ビジネスランチ、ミーティング目的で訪れる人々で毎日賑わっている。8割がMacユーザーでスーツ人口が皆無、ドイツ語とほぼ同じ割合で英語が飛び交うのもこのエリアならでは。
古き良きものを残し、リノベーションによって再び活かし、決して忘れてはならない、忘れられない歴史の面影を残しながら、前衛的なプロジェクトと共存させていく。そう、これが私が大好きなベルリンらしい街の生き方なのだ。ドアポリシーの厳しい有数クラブのほとんどは“何かの跡地”と聞けば自ずと行きたくなってくるだろう。
1時間だけ時が戻るタイムスリップのような摩訶不思議な現象とともにサマータイムが終わり、ベルリンの街は一気に灰色に染まる。暗く寒い長い長い冬の始まり。「XF10」とともにダークな街が見せる美しいモノクロームとパキッと晴れた日のビビッドな世界を届けていきたい。
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